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「華麗なるギャツビー」
評価:
ロバート・レッドフォード,ミア・ファロー,カレン・ブラック,ジャック・クレイトン
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
¥ 1,349
(2006-11-02)
JUGEMテーマ:映画


フィッツジェラルドの小説も、映画も有名だが、未読、初見。

欧米の小説や映画で上流社会の描かれるとき、大概がそうであるように、「華麗なるギャツビー」も、「上流階級批判」映画である。

夜な夜な、豪華なパーティーを開く邸宅の主人・ギャツビーは、「人を殺したらしい」だの、「ドイツの皇族らしい」だのと噂されるばかりで、滅多に人前に姿を現さない謎多き男。
ギャツビーをいかに魅力的に描くか、が、映画をおもしろくする鍵だったと思う。
上流階級の娘・デイジーと釣り合いのとれる男になるため、発話法と優雅な身のこなしを地道に訓練し、戦後のドサクサに紛れ財産を成した上で、デイジーと再会するギャツビーは、影をまとった、一途ないい男。
そこで、魅力的な俳優・ロバート・レッドフォードというキャスティングは、素敵で申し分ないようでい、ちょっとヤクザ味の足りない気がする。

ギャツビーとデイジーの身分違いの恋は、D・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を髣髴とさせる展開。
『チャタレイ夫人の恋人』の森番と、ギャツビーには、相通ずるものを感じる。
チャタレイの妻・コニイは、チャタレイ邸の森番の愛を、真っ直ぐ受け止め得る稀有な感性を持っていたが、「華麗なるギャツビー」のデイジーは、ギャツビーの情熱と愛の真を受け止める器量の無い、空疎な金持ち娘だった。

デイジーは、影はあるものの、富を持ち、自分を心底愛しているギャツビーの気持ちに応える踏ん切りのつかないまま、ギャツビーの不幸な死から逃げ出した。

コニイは、残りの人生を森番と歩む決心をした。

さて、どちらに、よりリアリティがあるだろうか。
世間にありふれているかも知れない、という意味では、「華麗なるギャツビー」の結末の方が、ほんとうらしくて、恐い。
映画の筋が原作通りなら、フィッツジェラルドは、現実を我々に突きつけることで、愛と情熱の赴くまま生きる理想を問うたのだと思う。

原作が読みたい。
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おっさん、頑張ってます!
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