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「親密すぎるうちあけ話」
評価:
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ハピネット・ピクチャーズ
¥ 3,534
(2006-11-24)

JUGEMテーマ:映画
 
税理士である中年男性を訪ねて来たのは、同じ階にある心理カウンセリングと部屋を間違えたアンナ。
彼女は、性的不能になった夫との間の悩みを打ち明けはじめる。
税理士は、彼女が部屋を間違えたことを察するが、彼女への興味から言いそびれ、話を聴きつづける。

やがてアンナも、話している相手がカウンセラーでないことに気づくが、税理士の関心を煽るように、赤裸々な内容まで打ち明けてゆく。

アンナと税理士は、核心に触れないまま、あくまで「打ち明ける者」と「打ち明けられる者」として会いつづけるものの、アンナの行動を怪しんだアンナの夫が税理士の前に現れ、事態は急転する。

アンナの謎めいた打ち明け話は、その夫の登場によって、ほぼ本当らしく思われた。
夫が不能になるきっかけとなった事故を起こしたアンナは、責任を感じ、夫の理不尽な要求に苦悩していたのだろう。
だからカウンセリングを受けに来た。
話している相手は医師ではなかったのだが、結果、アンナの夫は、税理士と妻との関係を誤解したことで奮い立った。
アンナは夫への呵責から解放され、離婚し、旅立つ。

さえない税理士のプラトニックでマゾヒスティックな恋心は、同監督の「仕立て屋の恋」や、「歓楽通り」を思い出させる。
見方によっては、税理士はアンナとその夫の関係の修復のための刺激剤として利用されたといえるが、それは、税理士のマゾヒズムを満足させるものだったかも知れない。


シーンのほとんどが、税理士の部屋の中。
シンプルで上品な色合いの税理士の仕事場ではあるけれど、今のわたしには、少々息詰まる感はいなめなかった。
この頃、映画をあまり観ていない。
わたしの精神的なコンディションがよくないのだろうか。
* 14:10 * comments(0) * trackbacks(0) *
「ヤッターマン」
 JUGEMテーマ:映画

これはいただけない。
これといって感想がないほど、おもしろくない。
アニメを実写にしたせいか、CGを多用しているのだけれど、そればかり目立っていた。


かつらがよかった、と言われたら失敗なんです。
それだけが目立ってしまったわけですから。
衣裳や小道具など、すべてと調和してはじめて成功なんです。


という意味合いのことを、歌舞伎座の床山さんがおっしゃっていたのが印象に残っている。
CGばかり目立って、肝心のストーリーが置いてけぼりの映画の多い中、数百年続いてきた歌舞伎の練り上げられた舞台様式は、示唆するものがある。

あと、CG多用映画は、どれもこれも画面が暗い。
技術的な理由があるのだろうけれど、映画の世界観そのものがどんよりしてしまうのは、いかがなものか。
* 09:38 * comments(0) * trackbacks(0) *
「ロミオ&ジュリエット」
評価:
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
¥ 1,660
(2008-10-16)

 JUGEMテーマ:映画

クレア・ディーンズのさわやかなかわいらしさ。
レオナルド・ディカプリオの、情熱的でしなやかな少年っぷり。
若い人が主役の映画は、彼らの短くも美しいときを、永遠に焼き付けて、価値があると思う。

クレア・ディーンズは、最近あまり見かけないが、ディカプリオは、かつてのハンサム少年・青年はどこかに消え失せ、むさくるしいほどの男映画に次々と出演している。
素晴らしい映画が多くて結構なのだけれど、久しぶりにほっそりしたディカプリオを見て、ロミオ役の彼が映像に残っているのは貴重だなあ、と思った。
西洋人の子役の成長に伴う変貌ぶりは、アジア人であるわたしには、驚きであることが多くて。

バズ・ラーマン演出、わたしは嫌いではない。
突き抜けた演出で、原作を現代に置き換えた時代的違和感を解消していると思う。
ま、ちょっとくらいいじっても、びくともしない原作である。
* 18:10 * comments(0) * trackbacks(0) *
「レベッカ」
評価:
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ファーストトレーディング
¥ 380
(2006-12-14)

 JUGEMテーマ:映画

ジョーン・フォンティーンが、出てくるなり上品で美しく、好感が持てる。
観る者は、いっぺんに彼女の味方になるのではないだろうか。
両親を亡くした身の上で、おばさんに女中のように扱われているのが不憫だし、大富豪のマキシム(ローレンス・オリヴィエ)との恋を応援したくなる。

マキシムの妻となり、お屋敷に入っては使用人に受け容れられず、マキシムはなんだか情緒不安定で、ジョーン・フォンティーンが、ますますかわいそうになった。
亡妻・レベッカの影を乗り越え、ジョーン・フォンティーンがマキシムの愛を得られるのだろうかという不安と、後半に明らかになるミステリの要素とが、観る者を惹きつける。
とりあえず半分だけ観ようと思ったのが、通して全部観てしまった。

ヒッチッコクの映画なら、恐いだけより、こんな風に、ロマンチックな要素の濃い方が、わたしは好き。
* 22:03 * comments(0) * trackbacks(0) *
「トワイライト〜初恋〜」
 JUGEMテーマ:映画

女子が好きな映画でしょう。
「君を守る」
なんて、眼を見て言われたら。
でも、これは、甘い口説き文句ではなく、文字通り、君をヴァンパイアから守るよ、という、切羽詰った宣言なのである。

意志の力で自己を制御できるヴァンパイアのエドワードが、転校生のベラに対してだけは、自分をコントロールできなくなる。
人間の血ではなく、動物の血で生きている”菜食主義”的ヴァンパイアのエドワードが、ベラの香りに誘われ、その血を欲してしまう。
”肉食主義”的ヴァンパイアの血の騒ぐままベラに近づくものの、すんでのところで自制し、悶々とのたうちまわるエドワード。
「僕は人の心が読める。でも、君の心だけが読めなくて、いらつく」
「これ以上、君と距離を置いておくことができない」
「君の香りはドラッグだ。君は僕だけの特別なヘロインなんだ」
エドワードの台詞は、歯が浮くどころではない。

夜な夜なベラの寝室に忍び込み、こっそり寝顔を見ていたエドワードだったが、晴れてベラと交際するようになったら、寝入る前のベラのベッドを堂々と訪れ、アンダーウェア姿の愛しい人にキスはしたものの、湧き上がる血への衝動に抗い、飛び退いて壁に激突。
百年近く高校生をやっているエドワードだが、中身もいまだティーンエイジャーらしい。
エドワードとベラは、愛し合っても、互いに近づきすぎると、エドワードがヴァンパイアとしての本能を抑えきれなくなり、危険。
エドワードは、ベラを自分と同じヴァンパイアにしたくない。
でも、ベラの香りには抗し難く、悶々と・・・・・・。
「自制心を失いそうだ」
と呻くエドワード。失いそうな自制心は、性欲のではなく、食欲の。
いや、その両方なのだろう。
「ずっと君を待ってた」
と情熱的に言いながら、手はベラの頚動脈あたりに添えているエドワードである。

ベラをはじめて自宅に招待し、家族(全員ヴァンパイア)にベラを紹介したエドワード、喜びを抑えきれずか、ベラを背負ってセコイアだかの巨木から巨木へ猿のように駆け回るのが、無邪気でかわいらしかった。
でも、平穏で幸せな時は、長くつづかない。

ベラは、人間の男子にもモテている。
きっと、えもいわれぬフェロモンを撒き散らす魔性の女なのだ、ベラは。
ヴァンパイアであるエドワードは、嗅覚がよすぎるせいで、誰よりも強くベラに惹きつけられるのだろう。
それはもう、人間の想像を絶する欲望なのだろうと想う。

ハーレクイン的な映画だけれど、絶妙なところで通俗に落ちていず、楽しめた。
* 13:02 * comments(0) * trackbacks(0) *
「M:i:III 」
評価:
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パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
¥ 672
(2007-06-22)

JUGEMテーマ:映画
 
シリーズ三作の中では、いちばん設定が適当。

命がけで奪い合う「ラビットフット」とかいうものが何だかわからなければ、デイヴィアンも、悪の組織の頭領らしいとしかわからず、素性の明確なところは知れない。
車を爆破したり、ミサイルを撃ち込まれたりと、あっちこっちで起こす戦闘は、一般人を巻き込みながらの、ド派手なもの。
全然隠密行動じゃない。
ヴァチカンへの侵入も、あんなに簡単ではないと思う。
ダン・ブラウンの『天使と悪魔』によれば、常にテロルなどのターゲットになっているヴァチカンには、途方もない厳重なセキュリティが張りめぐらされているとのことで、さもあろうと思う。
それに、貴重な世界遺産の壁を、ためらいもなく爆破しすぎ。

ツッコミどころ満載だけれど、それでも、ハラハラはしたし、ドキドキはあった。
* 23:52 * comments(0) * trackbacks(0) *
「ハンニバル・ライジング」
 JUGEMテーマ:映画

アンソニー・ホプキンスのハンニバル・レクターは印象強烈だった。
「羊たちの沈黙」でのハンニバルの総出演時間は十五分ほどだと聞き、そんなに短かかったのかとびっくりした。
それほどまでに、ハンニバルの存在感と悪の魅力が映画全体を支えていた。

若き日のレクター役の人は荷が重そうだなと心配になる反面、映画のプロモーションで日本を訪れたこのフランスの若い俳優さんが、大勢集まった記者たちを前に、「このような美しい記者会見ははじめてです」と、フランス語で挨拶したのを見憶えているわたしは、期待もしていた。
そして、期待に違わず、彼は若きハンニバルを好演していた。
優雅で、恐ろしかった。
やはり、ハンニバルみたいな人は、アメリカではなく、ヨーロッパのどこかから現れそうな感じがする。

リトアニアの伯爵家に生まれたハンニバルの複雑な人格形成の背後に、凄惨な戦争体験のあるのが、映像でよく伝わってきた。
戦争はむごい。

ハンニバルがはじめて人を殺める場面は、まさに「肉斬り」といった様。
日本人である叔母を、卑猥な言葉で侮辱した肉屋の醜く太った体に、ハンニバルの振りかざす日本刀が、幾度もすうっと流れる画は、様式美を醸していた。


リス・エヴァンスが、めずらしく、凛々しい悪役を務めていて、「ノッティングヒルの恋人」や「ヒューマン・ネイチュア」といった映画のときとの、顔つきのあまりの別人さに、「似ているけど、リス・エヴァンスだろうか」と、半信半疑でしばらく観ていた。
* 10:37 * comments(0) * trackbacks(0) *
「崖の上のポニョ」
評価:
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ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント
¥ 3,470
(2009-07-03)

 JUGEMテーマ:映画

こぢんまりした仕上がり。
近年の宮崎作品が大仕掛けだったので、余計にそう感じたのかも。

「千と千尋の神隠し」より「となりのトトロ」、
「ハウルの動く城」より「天空の城ラピュタ」
「もののけ姫」より「魔女の宅急便」を好ましく思うわたしとしては、あれこれ詰め込んで大掛かりなわりに、空疎で楽しみの少なかった近年の傾向に、これでひとまず歯止めがかかったかと、少しほっとした。

細部の描写は、さすがにリアルであり、アニメ的にオーバーで優れている。
宗助が、ポニョを入れたバケツを手に、「いいもの持ってるか」とおばあさんたちに訊くところが好き。
お年寄りたちと宗助ちゃんの場面は、とてもやさしい。
世界のすべてがこうだったらいいのに、と思う。

宮崎駿監督でいえば、上に挙げた三つの映画が好きだけれど、スタジオジブリには、「耳をすませば」という佳作がある。
「耳をすませば」の原作を読んだことはないが、柊あおいといえば、「りぼん」に連載されていた『星の瞳のシルエット』を、中学生の頃、夢中で読んだ。
そんなわたしが「耳をすませば」の映画を観て思うのは、柊あおいの原作の雰囲気を壊さず、いい形でアニメーションにしているだろうな、ということ。
「耳をすませば」を観た多くの元少女たちが、「雫はわたしだ」と叫んだに違いない。
監督の近藤喜文氏は、この一作のみで、お亡くなりになった。惜しい。

ポニョの身元引受人になる「宗助」の名が、漱石の『門』から来ているとは、何かで聞いた。
その重みは、承知している。
* 09:24 * comments(0) * trackbacks(0) *
「シルク」
評価:
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角川エンタテインメント
¥ 2,500
(2008-05-23)

JUGEMテーマ:映画
 
フランス(英語喋ってるからイギリスかと思った)と日本をまたにかけ、広大にして悠久の愛を描き出すのが狙いだったのかも知れないが、成功していないと思う。
フランスからすると、世界の果てにある日本が、エキゾチックに謎めいて見えるのだとしたら、映画にそれが描けているとは思えない。
この映画に出てくる極東日本は、奇妙にねじまげられた、これまでの欧米映画で見飽きた類のものだった。
幕末の日本は、ただの舞台設定、小道具として必要とされただけなのだろう。

主人公の内面はなんとなく理解できるような気がするが、それ以外の人物の造型には、人間を把握しようという意気があまり感じられない。
終始それらしい顔つきでいる主人公にしても、主体性というものが見受けられない。

映像はなかなかきれいだったけれども。
* 18:13 * comments(0) * trackbacks(0) *
「ロッキー・ザ・ファイナル」
評価:
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
¥ 1,290
(2008-12-05)

 JUGEMテーマ:映画

2006年に「ロッキー」の続編が公開されたと聞き、また続編か、と思った。
確か、同じ頃、「ランボー」の続編も製作されたのではなかったか。
還暦近いスタローンが、どんな説得力をロッキーの現役復帰に持たせるのだろう、と、心配した。
前作の「ロッキー5」は二十年も前で、しかもロッキーはそのとき既に現役を引退し、ボクシングジムを経営し、後進のよき指導者だったのだから。

イタリアンレストランの経営者として平穏な日々を送っているものの、エイドリアンを癌で失ったロッキーは、大きな喪失感をどうすることもできないでいる。
エイドリアンの墓の前で茫然と時間を過ごす抜け殻のようなロッキーに必要なのは、義兄のポーリーの叱責より、エイドリアンの発破だろう。
人恋しそうなロッキーが哀れだった。
だから、ロッキーが現役ヘビー級チャンピオンとのエキシビジョンマッチでカムバックする筋書きが非現実的であろうとも、ロッキーが生きている実感を得られるのなら、頑張れ、と応援したくなる。
ロッキーが苦しいとき、弱気なとき、尻をひっぱたいてくれたエイドリアンのいない今、ロッキーは自分の足で立つしかない。
それより、偉大な父の陰でくさっている息子に発破をかける番だ。
ロッキーが息子に説教している場面に、グッときた。

試合の場面は相変わらずリアリティがないが、映画としては、想像したほどひどいものではなかった。
いいじゃないか、かっこ悪くたって挑戦すれば、と思わせてくれる映画だった。
* 18:30 * comments(0) * trackbacks(0) *
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